序章

img-why-05

なぜ今、万年筆なのか

疲れにくい

 筆圧をあまり必要としない筆記具であるため、ペンだこが治った、肩こりが治ったなどの声があります。ただし、使い方や書き癖に合った万年筆を探しあて、さらに長年使い込んで自身に馴染ませるまでには長い長い道のりがあります。
 その近道こそ、ビスポークなのです。

文明ではなく文化

 「便り」と「頼り」は同じ語源だと辞書に書かれてありました。「たより」とは自分が困った時などにそのものがあれば何とかやっていける存在。手書きのおたよりでないと感じられないもの、感じさせられないものがあります。

半永久的に使える

 万年の名の通り14K無垢ペン先とイリジウムポイントは適度な弾力性、耐酸性、耐久性に優れています。またエボナイトの軸はこの世で最も摩耗に強い半天然樹脂です。
 ただしエボナイトは表面劣化するため、当社ではエイジングを楽しめる銘木などを外装とし、内部機構(ねじ部分や首軸部分)にエボナイトを採用するという世界でも当社のみの製法を開発しています。

美しい文字

 日本語の永字八法(トメハネハライ)を意識したペン先や英文向けのカリグラフィーを表現するためのペン先もあります。
 当社ではその他の言語のご依頼も多く承っております。

手になじみ、自分だけの相棒になる

 長年使いこむことによりイリジウムポイントもある程度研磨されます。
使い手の筆記傾斜角度の部分が摩耗し使い手になじみます。メーカーさんによりそれぞれイリジウムポイントの性質が異なるのですが、大手メーカー品ですと、1から5年目くらいからなじみ始め、20から30年くらいは使えるものが多いようです。
 当社の場合、通常の使用ではほぼ摩耗しないものを使用しており、それをベースに顧客カルテを見ながら特殊研磨で調整します。まるで永年使い込んだ相棒の様な書き味をはじめから永年継続して味わっていただけます。

世代を超えて引き継がれる

 一生ものを超えた万年筆は世代を超えて引き継がれます。自分の癖がついていますから、どうしたものかというご相談も多いです。その場合、自分の筆跡に似た筆跡をお書きになる方に譲ってください。経験上、子か孫、ひ孫の誰かが筆跡が似ます。筆跡が似ると書き癖も似ます。また、筆跡が似ていない方に譲る場合、ペン先を調整、もしくはペン先を交換できるものもあります。
 当社の場合カルテに基づき軸のトータルバランス(長さと重さ)を考慮した設計製作を行います。後にバランスは変えることができませんのご了承くださいませ。これも踏まえてやはり筆跡の似た方にお譲りいただきたいです。

万年筆の歴史と変革

創成期〜進化 700年代〜1800年代前半

西暦700年頃 羽根ペンの時代

 ヨーロッパで羽根ペンは7世紀初め頃から、18世紀まで1000年以上も使われていた筆記具である。ペンとはラテン語で羽根の意味。セピアインクと羽根ペンを使い、羊皮紙に書いていた。鵞鳥の羽根で作られたものが大部分であった。

1750年頃 金属ペン先導入

 羽根ペンは先端がすぐ摩耗するので、耐久性のある金属製のペン先の開発が進められた。金属製ペン先は羽根ペンのような弾力がなく紙が破れ易かった。

1804年 ペンポイントの導入

 ペン先の先端にペンポイント(銀色の小さな摩耗に強い金属)を付けるようになる。イギリスの科学者テナントが発見したイリジウムとオスミウムの合金で、イリドスミンという摩耗に強い金属である。

1809年 インク内蔵式に進化

 イギリスのフレデリック・B・フォルシュが、インクの空気交替を考慮し、インクを貯められるペンを考案し特許を取得する。不完全ながら今日の万年筆の礎となる。イギリスのブラマーも軸内にインクを貯められる仕組みを考えた。これに「コンパウンド・フォウンテンペン」 = 「泉筆」(泉のようにインクが流れる)と名付けた。

1851年 エボナイト軸に進化

 アメリカのチャールズ・グッドイヤーによって硫黄と生ゴムを材料とした合成樹脂「エボナイ卜」が発明される。エボナイトは、摩耗に強く、耐久性に富み、インクの酸に侵されず、磨くと美しいつやが出て、当時の万年筆の軸材としてほぼこれが使われた。

万年筆の完成 1800年代後半

1852年 イリジウム付金ペンに進化

 イギリスのジョン・A・ホーキンスが、イリジウム付金ペンを発明。ペン先の適度な弾力性・耐酸性・耐久性が一段と増す。適度な弾力、適切なコストには14金がベストである。

1856年 セルロイド軸の誕生

 アレキサンダー・パークスが発明。綿花の花芯(コットンリンター)から取った繊維質(セルロース)に樟脳(クスノキの精油の主成分)を加えて作る半天然樹脂。万年筆の軸に発色革命をもたらした。

1884年 ペン芯 万年筆の完成

 ウォーターマンが世界初の毛細管現象を応用した万年筆の特許を取得する。これで耐久性のあるペンポイント、耐酸性と弾力性を持った14金ペン先、インク漏れしないペン芯、耐久性がありインク漏れしないエボナイトの軸のほぼ完ぺきな万年筆が完成した。

1800年代後半 日本へ輸入

 日本国内で輸入万年筆の流通が始まる。

1910年代 日本製の万年筆

 日本国内で万年筆の製造が盛んになる。職人が東京に3000人大阪に2000人と言われた。これまでの万年筆の軸の製造は当社も例外ではなく職人がろくろで削り出して量産していた。

大量生産そして激動 1900年代後半

1949年 大量生産時代

 国内メーカーが万年筆の軸をプラスチック射出成型機から量産できるようになる。この時を境に日本の万年筆は大量生産時代に入る。

1960年代 マスプロ、マスセールス時代

 大手メーカー品以外見向きもされなくなり、エボナイト、セルロイドのような削り出しの手間のかかる素材は姿を消し、当然ろくろ職人も万年筆の製作所も姿を消していく。

1970年代 書く時代から打つ時代へ

 筆記具の多様化が深まり、ワープロ、PCの普及も始まり、万年筆そのものがしだいに売れなくなっていく。万年筆の専門店が姿を消していく。デパート、文具店から万年筆の売り場が姿を消していく。

カスタムメイド万年筆誕生 1900年代後半〜2000年代

1982年 時代に逆らい、カスタムメイドの誕生

 当社も時代の流れが例外ではなく、家内制手工業(1934年から)から専門店(1960年から)へと変貌するも、苦戦していた。万年筆のプロとして諦める前に、最後にチャレンジをしようと、世界初、書き癖診断カルテをもととした、書き癖に合わせたペンポイント研磨、ペン先調整、ろくろ仕事によるカスタムメイド万年筆を発売する。
生き残りの職人と、錆だらけの機械や道具たちを修理復活させ、原材料であるエボナイトを世界中探し、セルロイドを国内で復刻させた。後に本べっ甲、黒水牛角、ココボロウッドなどユニークな軸材も導入する。
ペン先はPILOT、SailorのHAKASEオリジナルOEM14Kペン先を使用する。

2005年 セピアインクの復刻

 当社がセピアインクを復刻販売する。万年筆用としては世界初。イカ墨(ラテン語でセピア)を主原料とし、いにしえの製法に加え、超微粒子加工、万年筆や筆ペンに注入しても詰まりにくく、耐水性、耐光性をもった、画期的な万年筆用カラー天然顔料インクを世界へ受け発信する。

2009年 カスタムメイドからフルカスタムへ

 70年ぶりに進化復活する道具たち、ろくろ、くしがま、うま、本打平バイト5種7年がかりで完成させる。軸の長さ、重さのトータルバランスまで考慮したフルカスタムシステム(ビスポーク)の完成。軸材にエイジングを楽しめるかりんの瘤拭き漆、アフリカ黒檀、本紫檀を開発。

同化と究極の道具考

 手書きの文字を見ていると、その人が見えてくるようで楽しい。
文章には意識が、文字には無意識の深い心理が刻まれるようだ。
その無意識のクセを分析するために、利手、握る指の位置、ペンの角度と傾斜、進入角度、筆圧、筆速など細かくカルテに写し取られる。
 軸は使い手にあわせた長さ、重心の位置を考慮した設計のもと貴重な天然素材を用いて、約100年前からの万年筆づくりに欠かせないロクロ、平バイト、くしがまなど特殊な道具たちを最先端の技術で進化させ、匠の技と融合し、一本につき300から500工程、時間にして10から50時間、漆塗りについてはさらに2ヶ月の塗り研ぎ、じっくり手間をかけ出来上がる。
ペン先はまるで何年も人生をともにしてきた相棒のようになじませ、表現力高く研ぎあげる。
作り手と使い手が直接コミュニケーションし同化するための独自の診断カルテがよりよいものづくりを可能とする。
 このような前代未聞の手しごとかつカスタムメイドのシステムを1982年からはじめ、ひとりの職人が、軸からペン先まで一貫して製作する究極の道具を求めるファンは、世界中へと口コミで広がっている。

 

カスタムメイド誕生秘話

 1970年代、とある小説家が受章した時、出版社が贈り物は何がいいか聞いたそうだ。
小説家は万年筆がいいといった。
それは書き味、握りの太さ、長さ、重さ、バランス、デザインを指定するものだった。
出版社は国内大手メーカーに掛け合った。
大手メーカーは御用聞きからはじまり、試作を試してもらうために新幹線で何度も往復したという。
大手メーカーは決まった設計のものを何百何千と作るのが得意だ。
大きな敷地に大きな機械を何個も並べ、一挙に機械を動かし製造する。原材料費を除けば1本作るのも1000本作るのも同じコストである。
結果、小説家だけの為の万年筆を1本制作するのに1000万円を下らないコストがかかったという。
 当時、その話を聞いた山本雅明は、これにヒントを得る。
埃のかぶった昔のろくろと刃物、修理調整専門として生き残っている職人の田中晴美、これらがあれば、それを一本作るのにそんなコストはかからないだろう。
大手メーカーには不向きで、小さいからこそできる仕事がある。
それに気が付いた山本は御用聞き用の診断カルテを開発。
ここからカスタムメイド万年筆の道をあゆみはじめた。

 

img-tool-consider-01