万年筆博士のあゆみ
年 | 事柄 | 時代 |
1923 | 初代 山本義雄(1911-1976)単身上京。次兄である定雄が営む東京は池袋の万年筆製造所に見習い職人として入る。 | 家内制 手工業 |
1928 | 定雄は満州大連市に販売拠点として支店開設、共に大連へ渡る。この時初めて「万年筆博士」を屋号とする。 | |
1934 | 義雄大連市内で独立する。 | |
1941 | 日本に帰国し大阪で万年筆の製造をはじめる。 | |
1944 | 疎開して故郷の鳥取へ帰る。実家(鳥取市野坂)で万年筆製造。 | |
1945 | 鳥取市瓦町の借家で製造、小売を始める。 | |
1946 | 鳥取市栄町に支店をつくる。 | |
1952 | 田中晴美(1937-)職人の末弟として弟子入り。 | |
1960 | マスプロ・マスセールス時代に入り、大手メーカー品以外見向きもされなくなり製造販売から仕入販売へ移行。 | 専門店 (仕入販売) |
1970 | 二代目 山本 雅明(1942-)帰郷。 | |
1978 | 有限会社として法人登記(代表取締役 山本 雅明)。 | |
1982 | 筆記具の多様化、ワープロ、PCの普及も始まり、万年筆そのものが売れなくなっていた。万年筆の専門店が姿を消し、デパート、文具店から万年筆の売り場が姿を消していく。当社も例外ではなく、苦戦していた。万年筆のプロとして諦める前に、最後にチャレンジをしようと、世界初、書き癖診断カルテをもととした、書き癖に合わせたペンポイント研磨、ペン先調整、ろくろ仕事によるカスタムメイド万年筆を発売する。生き残りの職人と、錆だらけの機械や道具たちを修理復活させ、原材料であるエボナイトを世界中探し、セルロイドを国内で復刻させる。 | カスタムメイド、デパートの催事販売など |
1983 | ペン先にセーラーOEMでHAKASEオリジナル5号(プロフィット中型)(完売)、10号(プロフィット大型)14Kイエローゴールドニブを開発。 | |
1984 | 軸材にドイツ製エボナイト三柄:ブラック、レッド&ブラック、オレンジ&ブラック(完売)を使用、ペン先から軸まで一貫して製作できるシステムが完成。 | |
1985 | 軸材にセルロイド製品を開発、三柄:ジェードグリーン、リップルレッド(完売)、オレンジマーブル(完売)ダイセル化学工業とタイアップして復活。 | |
1986 |
ペン先にパイロットOEMでHAKASEオリジナル5号(67)(完売)、10号(FK2000R)14Kイエローゴールドニブを開発(完売)。 |
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1987 | 黒水牛角、オランダ水牛角製(完売)万年筆を発売、セルロイド新柄ラピスラズリブルー(完売)が加わる。 | |
1990 | 軸材に本べっ甲製品を開発(完売)、セルロイド新柄ニュージェードグリーンが加わる。 | |
1991 |
軸材にヴァイオレットウッド(完売)製品を開発。 |
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1995 |
ペン先のパイロットOEMをリニューアル。HAKASEオリジナル5号(74)(完売)、10号(742)14Kイエローゴールドニブとして再開発。 |
カスタムメイド、ダイレクトセリング |
1996 | 三代目 山本 竜(1974-)帰郷。 金具(クリップ、リング等)に14Kソリッドイエローゴールド鍛金金具を導入する。 |
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1997 | ペン先にパイロットOEMでHAKASEオリジナル15号(743)14Kイエローゴールドニブを開発。 | |
1999 | オリジナルGPユニコーンクリップを開発、エボナイト新柄ブルー&ブラック(完売)が加わる。 | |
2000 | 軸材にココボロウッド製品を開発(完売)。 | |
2005 | イカ墨セピアインク発売。 | |
2008 | 代表取締役 山本 竜に交代。 | |
2009 |
山本 竜 70年ぶりに進化復活する道具たち、ろくろ、くしがま、うま、本打平バイト5種7年がかりで完成させる。修業を重ね、受注納品開始。軸の長さ、重さのトータルバランスを考慮したフルカスタムメイドシステム(ビスポーク)の開発 。 |
フルカスタムメイド、ダイレクトセリング、グローバル
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2011 | 田中 晴美 勇退 。 | |
2013 | 創業80周年記念モデルとしてペン先にパイロットOEMでHAKASEオリジナル▷15号(845)14Kバイカラーニブ100本限定で発売(完売) それに伴い鍛金金具にシルバー950燻仕上げと14Kパラジウムホワイトゴールドを発売(完売) |
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2014 | 年間受注の50%以上が海外からのものとなる。 | |
2016 | ||
2020 |
▷スネークウッド拭き漆 40本限定 発売(完売) |
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2023 | ||
2024 |